島根県西部の石見地方には、酢飯と甘辛く煮た野菜を木枠に詰めて作る「角ずし」が伝わっています。
一つずつ四角く押し固めた姿と、錦糸卵や桜でんぶ、青葉を使った色鮮やかな飾り付けが印象的な郷土料理です。
かつては秋祭りや祝い事などのハレの日に各家庭で作られ、すし用の木枠が嫁入り道具として受け継がれることもありました。
角ずしとよく似た料理には「箱ずし」がありますが、農林水産省の資料では、主に使用する木枠の大きさや仕上げ方に違いがあると説明されています。
一方、地域によっては箱ずしを角寿司とも呼んでおり、名称の使い方は一様ではありません。
ここでは、島根県の角ずしの特徴、箱ずしとの違い、由来にまつわる複数の説、家庭での作り方を紹介します。
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島根県の角ずしとは?
石見地方に伝わる小型の押しずし
角ずしは、5cm角ほどの小さな木枠に酢飯を詰め、上から押して形を整える押しずしの一種です。
主に島根県西部の石見地方で受け継がれてきました。
文化庁の日本遺産ポータルサイトでは、浜田市、益田市、大田市、江津市、川本町、美郷町、邑南町、津和野町、吉賀町などに伝わる食文化として紹介されています。
「角」という名前から四角形だけを想像しやすいものの、地域や家庭によっては花形や松竹梅などの木枠も使われます。
西石見地域では、四角く成形されているため、秋祭りの合間にもおにぎりのように手軽に食べられたと伝えられています。
酢飯の中に甘辛い具を包み込む
代表的な具材は、ごぼう、人参、干ししいたけ、油揚げなどです。
細かく切った具を砂糖、醤油、みりんなどで甘辛く煮て、酢飯の中に挟んだり包み込んだりします。
完成した角ずしは外側が酢飯で覆われているため、一見すると中に具がないように見えます。
食べ進めると野菜の具が現れ、酢飯の甘酸っぱさと煮物の素朴な味わいが重なります。
錦糸卵や桜でんぶで華やかに飾る
角ずしの上には、錦糸卵、桜でんぶ、金時豆、山椒や人参の葉などが飾られます。
黄色、桃色、緑色の食材を取り合わせた姿は、祭りや祝いの席にふさわしい華やかさがあります。
飾り付けに統一された決まりはなく、季節や家庭によって使う食材が変わるのも特徴です。
邑智地域では、木の芽やゆずのほか、季節の食材として、ふき、たけのこ、乾燥させたきのこ、栗などを使うこともあります。
角ずしと箱ずしの違い
角ずしは一つずつ成形する
農林水産省の資料では、角ずしと箱ずしの主な違いは、使用する木枠の形や大きさにあるとされています。
それぞれの特徴は次の通りです。
・角ずし:5cm角ほどの小さな木枠を使い、一つずつ食べられる大きさに成形します。
・箱ずし:角ずしより大きな木箱に酢飯と具を重ね、押し固めてから切り分けます。
角ずしは、小さな木枠を使って一つずつ作るため、箱ずしより少量で作りやすい形です。
箱ずしは一度に多く作れるため、大勢が集まる祭りや祝いの席に向いていました。
箱ずしは酢飯と具を何段にも重ねることがある
石見地方の箱ずしでは、木箱に酢飯と野菜の具を重ね、その上に薄い板を置きます。
さらに酢飯、具、薄板の順で何段にも重ね、最後に上から圧をかけて仕上げます。
木箱から取り出して切り分けると、断面に酢飯と具の層が現れます。
角ずしは具が酢飯の中に隠れやすいのに対し、箱ずしは切った断面から具が見えやすいという違いもあります。
地域によって呼び方が重なる
角ずしと箱ずしは、必ずしも地域全体で厳密に呼び分けられているわけではありません。
大田市の公式サイトでは「箱寿司(角寿司)」として紹介されており、大きな木枠で作る料理を角寿司と呼ぶ地域もあります。
そのため、木枠の大きさによる一般的な違いを知りながらも、土地ごとの呼び方を尊重することが大切です。
なお、「角ずし」と「角寿司」は表記の違いです。
農林水産省では「角ずし」、JAグループのレシピなどでは「角寿司」と書かれています。
角ずしの由来と石見地方で受け継がれた歴史
石見銀山の代官の奥方が伝えたという説
角ずしや箱ずしが石見地方に広まった由来には、複数の説があります。
農林水産省では、江戸時代に幕府の天領だった石見銀山周辺へ派遣された代官の奥方が、江戸の味を懐かしみ、地元に作り方を伝えたのが始まりといわれています。
石見銀山には代官所が置かれ、江戸から役人やその家族が訪れていました。
外からもたらされた押しずしの文化が、土地で手に入る米や野菜、乾物と結びつき、現在の形へ受け継がれたという説です。
戦国時代の兵糧を起源とする説
もう一つは、戦国時代に兵士が携帯する兵糧として伝わったという説です。
大田市の公式サイトでは、兵士の兵糧となる移動食として酢飯を持ち運んだという説が紹介されています。
ただし、どちらか一方が確定した起源として示されているわけではありません。
石見銀山と代官の奥方にまつわる説、戦国時代の兵糧にまつわる説があり、由来には諸説あります。
角ずしは祭りや祝い事に欠かせない料理だった
秋祭りに親戚や近所の人へ振る舞った
角ずしは日常の食事というより、祭りや祝い事など特別な日に用意するごちそうとして親しまれてきました。
JA西いわみ女性部の資料では、主に秋祭りの際に親戚や近所の人を招いて振る舞った料理と紹介されています。
JAしまねいわみ中央女性部の資料にも、秋祭りの祭り膳に角寿司が欠かせなかったことが記されています。
石見地方では秋の神社祭礼に石見神楽が奉納される地域も多く、人々が集まる祭りの日の食事として角ずしが作られてきました。
農林水産省によると、祝宴で振る舞われるだけでなく、出産祝いにも重用されました。
秋祭りのごちそうから人生の節目を祝う贈り物まで、角ずしは人が集い、喜びを分かち合う場で受け継がれてきたのです。
木枠が嫁入り道具として受け継がれた
かつては各家庭に角ずしを作るための木枠があり、ハレの日になると角ずしを作ることが当たり前だったと伝えられています。
すし用の木枠が嫁入り道具の一つとなり、代々受け継がれることもありました。
木枠の形や大きさには家庭ごとの違いがあり、作り方や飾り付けにも家ごとの個性が現れます。
また、角ずしは保存もきく料理として、病気見舞いにも用いられました。
祭りや祝い事のごちそうであると同時に、相手の健康を気遣う気持ちを届ける料理でもあったのです。
角ずしは料理だけでなく、家ごとの記憶や地域のつながりを伝える存在でもありました。
角ずしの具材には地域や家庭ごとの違いがある
野菜と乾物を使う素朴な形が基本
石見地方の代表的な角ずしや箱ずしは、ごぼう、人参、干ししいたけ、かんぴょう、油揚げなどを使います。
肉や魚を使わず、野菜と乾物を甘辛く煮た具を用いる形が広く紹介されています。
身近な食材を細かく刻んで使うため、季節の野菜を取り入れやすく、家庭の味が現れます。
金時豆が特徴となる地域もある
いわみ中央地域の角寿司では、甘く煮た金時豆を具や飾りに使います。
JAしまねいわみ中央女性部のレシピでは、酢飯の間に野菜の具と金時豆を入れ、型から抜いた後にも金時豆を飾ります。
酢飯の中から豆が現れる意外性と、甘い豆の味わいが地域の角ずしらしさを生み出しています。
干しえびやしめ鯖を使うレシピもある
角ずしは「魚を使わない押しずし」と説明されることが多いものの、すべての地域や家庭に当てはまるわけではありません。
JA西いわみ女性部のレシピには干しえびが使われ、島根県栄養士会が紹介する邑智地域のレシピには、飾りとしてしめ鯖が挙げられています。
野菜中心の基本的な形を守りながらも、その土地で手に入る食材や家族の好みに合わせて作られてきたことが分かります。
家庭で作る角ずしの作り方

材料の一例
ここでは、JAしまねいわみ中央女性部のレシピを参考に、米4合を使う分量例を紹介します。
地域や家庭によって材料や味付けが異なるため、受け継がれている作り方がある場合は、そちらを大切にしてください。
・米:4合
・酒:適量
・だし昆布:10cm角1枚
・酢:大さじ5
・砂糖:大さじ2
・塩:小さじ1
・ごぼう:60g
・人参:40g
・干ししいたけ:10g
・だし汁:1カップ
・具の味付け用の砂糖:大さじ3分の2
・醤油:大さじ1
・みりん:大さじ3分の2
・甘く煮た金時豆:4~8個を目安
・薄焼き卵:適量
・人参の葉またはパセリ:適量
・桜でんぶ:適量
・押しずし用の木枠
下ごしらえから仕上げまでの手順
1:米をといでざるに上げ、酒とだし昆布を加えて炊きます。
2:干ししいたけを水で戻します。
3:ごぼうと人参を細いささがきにし、干ししいたけも薄く細かく切ります。
4:切った野菜と干ししいたけをだし汁で煮て、砂糖、醤油、みりんで甘辛く味付けします。
5:酢、砂糖、塩を混ぜて合わせ酢を作り、炊き上がったご飯へ回しかけます。
6:しゃもじでご飯を切るように混ぜ、酢飯を作ります。
7:酢飯を軽く丸め、木枠の半分ほどまで詰めます。
8:煮た具と金時豆をのせ、その上から酢飯を詰めて表面を平らにします。
9:上から均等に押し、木枠から抜きます。
10:薄焼き卵、金時豆、人参の葉またはパセリ、桜でんぶを飾れば完成です。
きれいな形に仕上げるポイント
具材は酢飯の中へ入れるため、大きく残さず細かく切ります。
煮汁が多く残ると酢飯が水っぽくなりやすいため、具は味を含ませながら汁気を減らします。
JAしまねいわみ中央女性部では、木枠に酢飯をきちんと詰めないと、きれいな形に仕上がりにくいと紹介しています。
型の隅まで酢飯を行き渡らせ、上から偏りなく押すことが大切です。
現在の角ずしと継承への取り組み
家庭で作る機会は少なくなっている
島根県栄養士会は、角ずしを手間のかかる料理とし、家庭で作られる機会が次第に少なくなったと紹介しています。
具材を細かく切って煮る、酢飯を用意する、型に詰めて飾るなど、完成までに多くの工程があります。
食育や地域活動を通して作り方が伝えられている
家庭で作る機会が減る一方、地域では食育や郷土料理の学習を通して作り方を伝える活動が行われています。
農林水産省によると、角ずしは地元のスーパーマーケット、直売所、総菜店などで販売されることもあります。
家庭の外でも角ずしに触れられる機会を作り、地域の味を次の世代へつなげているのです。
角ずしに関するよくある質問(FAQ)
角ずしには必ず魚や肉を使わないのですか?
必ずしも使わないとは限りません。
石見地方の代表的な角ずしや箱ずしは野菜と乾物が中心で、肉や魚を使わない形が基本として紹介されています。
一方、地域や家庭によっては干しえびやしめ鯖を使うレシピもあります。
角ずしはいつ食べられますか?
昔から秋祭り、祝い事、出産祝い、病気見舞いなどの機会に作られてきました。
現在も地域の祭りや食育活動などで作られることがありますが、決まった季節にしか食べられない料理ではありません。
島根県で角ずしを購入できますか?
農林水産省では、地元のスーパーマーケット、直売所、総菜店などで購入できると紹介しています。
ただし、常時販売されているとは限らず、祭りや行事に合わせた限定販売となる可能性もあります。
訪問前に店舗や施設へ販売日と在庫を確認すると安心です。
角ずしと角寿司は別の料理ですか?
「角ずし」と「角寿司」は表記が異なるだけで、島根県の郷土料理としては同じ名称を指します。
ただし、「角ずし」と「箱ずし」の呼び分け方は地域によって異なります。
まとめ
島根県の角ずしは、主に石見地方で祭りや祝い事のごちそうとして受け継がれてきた押しずしです。
5cm角ほどの小さな木枠に酢飯と甘辛く煮た野菜を詰め、錦糸卵、桜でんぶ、青葉などで彩りよく飾ります。
大きな木箱で作って切り分ける箱ずしとは型の大きさや仕上げ方が異なりますが、地域によっては両方を角寿司と呼ぶこともあります。
起源については、石見銀山の代官の奥方が江戸の味を伝えたという説と、戦国時代の兵糧を起源とする説があり、由来には諸説あります。
具材や飾り付けにも厳密な決まりはなく、金時豆、干しえび、しめ鯖、季節の山菜など、地域や家庭の個性が表れます。
角ずしは、石見のハレの日の風景と、人をもてなす気持ちを今に伝える郷土料理です。


