島根県松江市には、スズキを奉書紙で包み、じっくりと蒸し焼きにする「スズキの奉書焼き」が伝わっています。
宍道湖の恵みと城下町・松江の文化が重なって生まれた、見た目にも趣のある郷土料理です。
漁師が灰の中で蒸し焼きにしていたスズキを、松江藩主の松平治郷に差し出したことが始まりと伝わり、現在も会合や祝宴などのハレの日に食べられています。
ここでは、スズキの奉書焼きの特徴、宍道湖七珍との関係、松平治郷にまつわる由来、旬、家庭で再現する方法を紹介します。
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スズキの奉書焼きとは?
奉書紙でスズキを包んで蒸し焼きにする松江の郷土料理
スズキの奉書焼きは、島根県松江市を主な伝承地域とする郷土料理です。
一尾のスズキに塩を振り、水で湿らせた奉書紙を二~三重に巻いて蒸し焼きにします。
「奉書」とは、楮を原料にする白く厚手の和紙です。
魚を紙で覆ってから加熱するため、直火で表面を焼く塩焼きとは異なり、包みの中で蒸気が巡ります。
その結果、スズキの白身がふっくらと仕上がり、和紙のほのかな香ばしさも加わります。
大きな一尾を紙ごと器に載せ、包みを開いて数人で取り分ける姿も、この料理ならではの魅力です。
奉書紙には脂を吸いながら風味を閉じ込める役割がある
奉書紙は、単に魚を隠すための包みではありません。
農林水産省の「うちの郷土料理」では、濡らした奉書紙がスズキの脂を吸収し、脂っこさを和らげる役割を果たすと紹介されています。
紙の内側に水分と香りを閉じ込めながら熱を通すため、身はしっとりとやわらかくなります。
水だけでなく酒と水を使って奉書紙を湿らせ、蒸し焼きにしたときの香味を高める方法もあります。
和紙の香りと淡泊な白身を楽しむ料理なので、濃い味をつけるのではなく、塩を中心に仕上げるのが基本です。
宍道湖のスズキと松江の食文化
スズキは宍道湖七珍の一つ
松江市と出雲市にまたがる宍道湖は、川から流れ込む淡水と日本海側から入る海水が混ざる汽水湖です。
塩分濃度が場所や季節によって変わる環境には、淡水魚から海水魚まで多様な生き物が生息しています。
宍道湖を代表する七種の魚介は「宍道湖七珍」と呼ばれています。
・スズキ
・モロゲエビ(ヨシエビ)
・ウナギ
・アマサギ(ワカサギ)
・シラウオ
・コイ
・シジミ
地元では、それぞれの頭文字を取った「スモウアシコシ」という言葉で覚えられてきました。
このうちスズキは本来海にすむ魚ですが、春から秋にかけて中海を経て宍道湖へ入ってきます。
宍道湖の自然環境と、魚をおいしく食べる城下町の知恵が結びついた料理が、スズキの奉書焼きなのです。
成長とともに呼び名が変わる出世魚
スズキは、成長段階によって呼び名が変わる出世魚です。
農林水産省の資料では、宍道湖周辺での呼び名として、コセイゴ、セイゴ、チューハン、スズキの順が紹介されています。
縁起を担ぐ出世魚を一尾丸ごと使うことや、包みを開いたときの華やかさも、祝宴の料理にふさわしい特徴といえるでしょう。
スズキの奉書焼きの由来
松江藩主・松平治郷に差し出したという伝承
スズキの奉書焼きの始まりには、江戸時代の松江藩七代藩主・松平治郷(まつだいらはるさと)が関わったと伝わっています。
松平治郷は「不昧公(ふまいこう)」の名でも知られ、茶の湯や松江の文化に大きな足跡を残した人物です。
伝承によると、宍道湖の漁師たちは、とれたスズキをたき火の熱い灰に入れて蒸し焼きにしていました。
その料理を治郷が所望したものの、灰が付いたまま差し出すのは恐れ多いと考えた漁師が、スズキを奉書紙で包んで献上したといわれています。
治郷がその味を気に入り、後に藩主の御用料理として作られるようになったという話が、料理の由来として受け継がれています。
ただし、これは郷土に伝わる由来であり、出来事の細部まで史料で確定した発祥記録というより、松江の食文化を伝える物語として捉えると分かりやすいでしょう。
漁師料理から城下町のハレの日の料理へ
始まりの伝承では素朴な漁師料理として登場しますが、奉書紙で丁寧に包むことで、藩主に差し出す格調のある料理へと姿を変えました。
JR西日本の「ふるさとの味」では、藩主の御用料理となったため長く庶民が口にできなかったことや、明治23年(1890年)創業の料亭「臨水亭」の二代目が郷土料理として復活させたと伝えられていることが紹介されています。
現在も毎日の食卓に並ぶ料理ではなく、会合や祝宴、祭事などで味わうごちそうとして受け継がれています。
宍道湖のスズキの旬と「スズキおとし」の言い伝え
脂がのる晩秋から初冬が旬
宍道湖のスズキがおいしくなる時期は、晩秋から初冬にかけてです。
水温が下がるころになると身が締まり、産卵を控えた魚は体がふっくらとして脂ものります。
この時期のスズキは、地域で「腹太スズキ」と呼ばれることもあります。
年間を通して一般に流通するスズキも調理に使えますが、松江の伝統と旬を重ねて味わうなら、秋から初冬が目安です。
雷に驚いて中海へ向かうと伝えられてきた
秋になって宍道湖が荒れ始めると、スズキは宍道湖を離れ、中海へ向かって回遊します。
この動きについて、宍道湖に落ちる雷を怖がってスズキが移動するという言い伝えが残っています。
地域では、そのころの雷を「スズキおとし」と呼んでいたといいます。
魚の動きと季節の変化を結びつけた、湖とともに暮らしてきた人々らしい言葉です。
スズキの奉書焼きのおいしい食べ方

もみじおろしや醤油を添えて味わう
焼き上がった奉書紙を開くと、湯気とともに和紙の香ばしい香りが立ち上ります。
スズキの身を箸でほぐし、もみじおろし、さらしねぎ、醤油などを添えて食べるのが伝統的な味わい方です。
すだちを搾れば、白身の上品なうま味に爽やかな酸味が加わります。
調味料を一度にたくさんかけず、まずは塩味と紙の香りを確かめてから、好みの薬味を少しずつ加えると、奉書焼きらしい繊細な風味を楽しめます。
家庭で作るスズキの奉書焼き
材料の目安
・スズキ:1尾
・料理に使用できる奉書紙:2~3枚
・塩:適量
・水:奉書紙を湿らせる量
・酒:好みで適量
・竹皮または加熱に使用できる調理用のひも:適量
・アルミホイル:適量
・もみじおろし、さらしねぎ、醤油、すだち:好みで適量
農林水産省のレシピは一尾を使う伝統的な方法です。
スズキは大きいため、家庭のオーブンに入る大きさかどうかを購入前に確かめてください。
魚の下処理に慣れていない場合は、うろこ、えら、内臓の処理を鮮魚店に相談すると作業しやすくなります。
作り方
1:スズキのうろこを取り、えらを外して水洗いします。
2:伝統的な方法では、身を傷つけないようにえら側から内臓を引き出す「つぼ抜き」を行い、苦味の原因になるニガタマをつぶさないように取り除きます。
3:両面の背側を金串などで軽く刺し、全体に塩を振ってなじませます。
4:奉書紙を水で十分に湿らせます。香りを加えたい場合は、水に少量の酒を合わせます。スズキ全体が隠れるように二~三重に包みます。
5:頭に近い部分と尾に近い部分を竹皮などで結びます。島根県が紹介する家庭向けの方法では、さらにアルミホイルを二重に巻きます。
6:250℃に温めたオーブンで40分ほど蒸し焼きにします。魚の大きさやオーブンによって加熱時間は変わるため、中心部まで十分に火が通ったことを確認してください。
7:紙ごと大皿に盛り、包みを開いて身を取り分けます。もみじおろし、ねぎ、醤油、すだちなどを添えていただきます。
奉書紙を焦がさないように注意する
伝統的な奉書焼きでは、奉書紙を濡らしてから加熱します。
乾いた紙を高温のオーブンに入れるのではなく、全体をしっかり湿らせ、必要に応じてアルミホイルで覆ってください。
書道用として販売されている紙のすべてが調理に適しているとは限りません。
染料や薬剤の有無が分からない紙は避け、食品の加熱調理に使用できることを販売元に確認したものを選びます。
また、オーブンの機種によって使用できる紙や設定温度が異なるため、取扱説明書にも従ってください。
スズキの奉書焼きに関するよくある質問(FAQ)
スズキの奉書焼きは松江市内で食べられますか?
松江市内では、宍道湖畔にある老舗旅館・料亭「皆美館(みなみかん)」で味わえます。
皆美館の公式サイトでは、スズキを奉書紙で包んで蒸し焼きにした松江の郷土料理「鱸の奉書焼き」が、会席料理の一品として紹介されています。
・店舗名:皆美館
・住所:島根県松江市末次本町14
・電話番号:0852-21-5131
・予約・問い合わせ受付:9:30~20:00
・特徴:宍道湖と湖畔庭園を望む、明治21年創業の老舗旅館・料亭
会席料理の内容は季節や仕入れによって変わるため、すべての宿泊プランや食事プランに奉書焼きが含まれるとは限りません。
奉書焼きを目当てに訪れる場合は、予約時に食べたいことを伝え、提供の可否や料金、必要な予約日数を確認してください。
奉書紙がない場合はクッキングシートで代用できますか?
オーブン調理に対応したクッキングシートを使えば、魚の包み焼きとして家庭で再現しやすくなります。
ただし、奉書紙の香りや脂の吸い方までは同じにならないため、伝統的なスズキの奉書焼きではなく「奉書焼き風」の料理になります。
代用する場合も、シートの耐熱温度とオーブンでの使用条件を必ず確認してください。
スズキを一尾ではなく切り身で作ってもよいですか?
家庭の調理器具に合わせて、切り身を包み焼きにすることはできます。
火が通りやすく、一人分ずつ包める点は便利ですが、一尾を奉書紙で包んで祝宴の席で取り分ける伝統的な姿とは異なります。
郷土料理の背景も楽しみたい場合は、まず一尾を使う本来の作り方を知ったうえで、家庭では無理のない大きさに調整するとよいでしょう。
まとめ
スズキの奉書焼きは、宍道湖七珍の一つであるスズキを濡らした奉書紙で包み、ふっくらと蒸し焼きにする島根県松江市の郷土料理です。
漁師が灰の中で焼いていたスズキを松江藩主・松平治郷に差し出す際、奉書紙で包んだことが始まりと伝わっています。
素朴な漁師料理に城下町らしい品格が加わり、現在も会合や祝宴などの特別な席で味わわれています。
晩秋から初冬に旬を迎えるスズキの白身、奉書紙がもたらすしっとりした食感とほのかな香りは、この料理ならではの魅力です。
家庭で作るにはスズキ一尾と調理に適した奉書紙が必要ですが、切り身を使って小さく再現する方法もあります。
料理を味わうときは、宍道湖の自然だけでなく、漁師の知恵と松江藩の文化が重なって受け継がれてきた背景にも目を向けてみてください。
参考にした公式・関連資料
・農林水産省「うちの郷土料理 スズキの奉書焼き 島根県」
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/suzukinohoshoyaki_shimane.html
・農林水産省「うちの郷土料理 中国地方 島根県」
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/area_stories/shimane.html
・島根県「宍道湖七珍」
https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/suisan/shinkou/kawa_mizuumi/yutakana/shiichin.html
・島根県「宍道湖・中海 ラムサールの恵み展」
https://www.pref.shimane.lg.jp/infra/kankyo/kankyo/shinjiko_nakaumi/ramsar/wise_use/suishin-jigyo/megumi-ten.html
・JR西日本「ふるさとの味 島根県松江市 スズキの奉書焼き」
https://www.westjr.co.jp/company/info/issue/bsignal/12_vol_145/flavor/index.html


